日本組織の形式主義への小さな反抗
先日、職場の出勤簿に判子を押しながら「こんな慣習を今でもなくせない組織に、自己改革なんて無理だよなぁ」と思ってしまった。
実質的には、大学内のパソコンからしか打刻できない入室・退室管理システムはある。また、出勤簿なんて数ヶ月分まとめて押す教員がいることも誰も知っている。だが、相変わらず出勤簿に判子を押しなさいと、それこそ判でついたように組織は指示する。
駄目だ、こりゃ。
そんな時に、先日講演にいった某国立系の組織から、「領収書が所定の様式に即していないので、再発行してもらい、それを送ってください」とのメールが来た。
上の諦観からの静かな怒りに加えて、仕事で疲れていたので、以下のメールをその組織に送った。
◯◯先生、◯◯事務ご担当者様、
お世話になります。柳瀬です。
ホテルが発行する正式な領収書は、私が◯◯先生に以前にお送りし、今、またこのメールで再送する領収書だけです。
私は、◯◯のワークショップ終了後、すぐに開催される某学会のオンライン理事会に参加する必要がありましたので同じホテルに連泊しました。よって、その領収書では2日間の宿泊代の金額が記されています。
しかし私としては、私がわざわざそのホテルに頼み込んで出してもらった書類(提出済み)で、社会通念上は、私が払った金額(12/12のみの宿泊代)は証明できると考えました。
またその書類には、ホテルの電話番号も住所も書かれているのですから、◯◯事務局でご確認もできると思います。
もしそれでも駄目だというのでしたら、宿泊代の支払いは結構です。
私としては、これ以上、形式的な事務作業につきあうことは時間の無駄だと考えます。
というよりも精神的に苦痛です。
ことばがきつくなりましたが、日本の組織は、事務を実質化・合理化するべきだと考えていますので、このように直言しています。
また、(私からすれば)あまり形式的な手続きばかり要求される組織とは、今後のお付き合いは控えさせていただきます。
2025/12/19
柳瀬陽介数時間後、その組織の事務局から「申し訳ございませんでした。現在の書類で宿泊代も支給します」というメールが来た。
なんなんだろうね。日本の組織って。
とはいえ、私が上のようなメールを送るのは、私が他組織にいて、かつ定年まであと3年あまりという年齢になったからだろう。上の組織に直接関連していたら、私は上のような抗議はしなかったはずだ。ましてや非常勤講師などだったら、粛々と、領収書の再発行のために時間と手間を費やしただろう。
なんなんだろうね。日本語人って。

「職場の出勤簿に判子を押しながら」😂
いつまでもアナログですよね、特に大きな公の組織は、何がデジタル化なのやら、ペーパーレスとか言いながらファイリングは増えてたりして。ひたすら判子だらけの伺い、そのおかげで迅速に処理出来ない事務処理。形が整っていれば中身なんてあまり気にしないところも。意味のないことに時間を使ってるなあとうんざりします😮💨
>なんなんだろうね。日本語人って。
ほんっとーに、バカらしい、無意味な体裁への拘りが強いですよね。
規則を守る為の規則に拘泥して、規則が何を守る為に制定されたのかには思いを及ぼさないというか。人を守る為の規則という考えには及ばないというか。
なんか、本当に、付き合ってられない、という感じしかしません。(そのように人生も過ごしてきましたし)